2012年06月19日

ブログ再開までtwitterにて




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2010年11月11日

コメント応援感謝のポーズです

記事がなかなかアップできないのに、温かく見守ってくださってありがとうございます。
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アメが「お礼のポーズ」をとっております。
ルリが「それはやりすぎ」と目でつっこんでおります。

頑張って記事書いていきますのでこれからもよろしくお願いします。


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posted by ヒロ at 01:52 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

ニャンコ7種詰め合わせ

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2010年10月14日

大きな桃を割ってみると……

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2010年09月24日

冬支度

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2010年08月29日

大移動☆馬猫犬40匹+1歳児を乗せて1100km 【5】




「じゃあ、行くよ」

私たちの乗る車はついに、走り出したのだった。安全確保ギリギリに荷物と猫、犬、人が乗って。『怒りの葡萄』ほどではないと思うけれども、人間&動物の乗る場所の狭さは、あの改造トラックといい勝負じゃないか。

運転席のシートもヒザがぶつからない範囲で前に出してあり、助手席を見ればカバンを挟んで猫三匹。背もたれの「頭」は取ってあって、その代わりに別の荷物が私の頭上を領空侵犯(前に落ちてこないようにはなってるけど)。しかし私は何より妻が心配。なぜかというと……

出発直前の話。
我が家の2匹の中型犬たち、コテツとヒカルを車の最後部に乗せ、両サイドにリードをつないでドアを閉め、残りの荷物を運んでいたら。何やら車から呻り声やら吠え声やら。急いで車にいったら2匹が大喧嘩しているではないかと。慌ててリードを持って引き離し、「ダイジョウブ!ダイジョウブだよ!はいもうオシマイ!オ・シ・マ・イ!ダーイジョーブ。いーのもういーの」と必死で落ち着かせた。

そりゃ必死、私は犬の大喧嘩の仲裁なんてのも初めてだったので。噛み合ってケガしてないか、ふたりをそれぞれなだめながら体中をなでていたら手には血が。扉を開けてライトをつけて確認したら、幸いかすり傷程度でひと安心、しかも互いに急所は外してかみ合っていた。ある意味本気だけど、必死だったけど、加減はしていたらしい。とにかくなんとか両者落ち着いたので、間に少し仕切りになるようにビニールシートを持ち上げ、毛布を敷き直した。コテツもヒカルも左右両端に離れて大人しく座った。

そんな経緯があって車は出発したのだが、そのケンカで、ボスが逆転していた。

もともとのボスはコテツ。子犬の頃に妻が引き取り、屈託なく人なつこく温厚で、それでも今日の今日までボスたるべく頑張っていた。

あとから我が家にきた捨て犬のヒカルは、妻の話では紀州犬の血が入っていそうだということで、ふだんは紳士で特に猫たちにやさしい良いコなのだけど、主人以外にはぜったいに懐かない。人も犬もみな敵で、主人を守るためにものすごい勢いで吠えかかる勇猛な犬。私も認めてもらえるまで半年かかった(ほかにも前の持ち主による虐待などの理由があるのだけどその話は別の機会に)。

実はこのふたり、コテツとヒカルは、前に一度、大喧嘩をしている。

まだ私が妻と出会う前、家の中でヒカルのサークルのドアが何かの拍子に開いていて、部屋に出たヒカルとコテツが流血の闘いをしたらしい。妻は間に入って辞めさせたが、ヒカルに飛びかかろうとしたコテツの歯が脚にあたり、ざっくり切れた。その時の傷は今も残っている。

普段は何事もないのだが、何かでスイッチが入るとキケンなので、例えば散歩の時もコテツとヒカルをひとりで同時に持つことを極力避けたりしていた。とはいえ、ここ最近は、みんな一緒に散歩に行って、妻がドラッグストアで買い物をする間に私がコテツ・ヒカル・ダイと三匹持って待っていてもまず大丈夫だったりしてた。

だから出発間際の大喧嘩は、「えっ、今頃どうして」と思ったのが半分、「やっぱりやったか!」が半分。しかも、このケンカ、私はドローだと思っていたら、実はヒカルが完勝してしまっていたのだ。

その結果、車が走り出してからずーっと、コテツは立ち上がって後部座席の背もたれから顔を出していた。ヒカルが怖くて、妻に「ここから出して」と訴えてたらしい。ヒカルはというと毛布で丸くなってスヤスヤ。

妻がいくらなだめて座らせても、またすぐ立ち上がってしまう。私は「そのうち疲れたら座るんじゃない?」といったのだけど、しばらく見ていてもずーーっと立っている。このままだと疲れても怖さが勝って立ちっぱなしで、脚がどうにかなるのじゃないかと。

仕方がないので早々といったん車を止めて休憩。妻はコテツを自分の座るところに乗せ、脚枕で寝かせたのだった。コテツはおかげですっかり落ち着いたけれども。ただでさえ妻の場所は狭かったので、だから、なお心配。という次第。


話変わって1歳の娘は、チャイルドシートでまあよく寝たほう。時々当然ながら普段通り泣いたりぐずったりするけれど、車がイヤでというわけではなかったようで、移動中の幸い。車の12V電源でお湯が沸かせるポットをこの日のために購入しておいた。保温機能がないので、そろそろミルクかなという30分前を見計らってプラグにつなぐ。しかも温度調節機能などしゃれたものも一切なく、湧いたのに気がつかないといつまででも沸騰しっぱなし。何度かシュンシュンに湧きすぎて、娘が泣く中、妻が懸命にお湯を冷ますことに。ごめんなさい。


話戻って高速をしばらく走ったところ、馬運車から電話があった。先に東北道に合流したのち、福島の知人とサービスエリアで会うことになっていたそうで、その知人と落ちあう阿武隈パーキングとやらで待ち合わせすることになった。でまたしばらく走るがなかなか阿武隈の表示が見えない。そもそも夜で雨で、車の揺れを抑えるために運転にも注意を払っていて、看板が近づいたと思ったらトラックが間に入ってきたりで、表示を全て見るタイミングがとれない。カーナビ?んなもんないない。

カーナビはないが一応、妻が携帯ナビで調べてくれた。が、携帯の電池も貴重なのでずっとナビをつけておくわけにもいかない。那須高原の次らしい、とわかったところでナビを切って、さてどこだと表示看板を探すが、待てど暮らせど阿武隈こない。どうした阿武隈!

と思ったらまた馬運車から電話。すでに知人と会っているとのこと。で、阿武隈はというと、私たちはとっくに通り過ぎていたらしい。


馬運車と最初に合流したのは結局もっと先のサービスエリア。缶コーヒー買って、人間と犬のトイレ休憩。ちなみに私と妻は昼食以来なにも食べてない。弁当は買ってあったが、そこでは早々に出発したので、私が食べたのは次の休憩。妻は結局食べなかった。

「安全運転だからね」と妻から念を押されていたし、私も特に猫たちのことを考えると振動が心配で、夜半すぎて道路がガラガラになっても慎重なスピードで走り続けた。馬運車から何度か電話があり、「このペースなら大丈夫。頑張りましょう!」と言われたが、当の馬運車は私たちよりスピード出していてどんどん見えなくなっていた。このペースで八戸まで間に合うのか、自分の感覚だとギリギリのように思える。

真っ暗な道。

周りは山ばかり。

「どこ走ってるんだろうね」と妻が言い、
看板を見て「○○、宮城県だね」とか私が言い、
「へえ」というが互いに実感はゼロ。

妻には「寝てていいからね」と何度もいったが、夜明け方までずっと起きて話していた。岩手県に入り、空が白み、太陽に先駆けて金星が輝き昇ったころ、私が「あの山なんだろう」「金星が明るいね」といってもようやく返事が少なくなり、しばらくして妻が寝てくれた。おつかれさま。

夜通し、妻がガムや飴を私の口に入れてくれていたけれど、最後の休憩の時に10分だけ寝たきりではさすがにちょっと、いやかなり眠い。が、妻と娘と猫のことを考えて復活。そしてフェリーの時間を考え、距離とスピードを計算したら、もう休憩できないことがわかり、腹をくくる。

道に迷ってる時間もないので、高速出口からフェリー乗り場までの地図を思い出し、頭の中でシミュレーションしながら走る。出口も間違えられない。看板も見落とせない。1分置きに時計を見、走行距離を確かめる。

時計と距離メータをチェックするだけのドライブ。眠いことは眠いけれど、みんながみんな寝ているのでかえって責任が背中にひしひしとのしかかり、緊張の糸で操り人形になっている感じ。

フェリーの乗船手続きの受付は7時半までといわれた。道順を検索した時には、高速を降りて25分となっていた。車を止めて受付まで走るのに数分。高速は何が何でも7時前に降りていなければならない。時計を見ると6時45分を回っている。もう海の気配はしているのだけど……

出口。見えた。6時48分。なんとかなりそうだ。あとは道を間違えないように。道路が混んでませんように。

……

実は一般道でやや混んで路面の表示が見えず、信号待ちで待機レーンを一度間違えたのだけど、なんとかレーンに入れてもらってセーフ。10分前に着いた。前方を走っていたはずの馬運車はまだ着いてない。係の人に「すみませんもう一台来ますので」と言って、書類を書きながら待つことに。市街で寄り道をして給油していたそうで、時間ちょっと過ぎて到着。

ともあれ、埼玉大宮から八戸を一晩走破。フェリーには間に合った。「ホッと」ではなく、「ドッと」一息。でも当然だけどまだまだ先があるから胸はスッキリしない。二十数時間まともに寝てないけれども眠くない。お腹もすかない。猫たちが全員無事に着くために緊張の糸を切らずにいる感じ。人間も緊急モードか。


つづく。
(次回いよいよ、大移動最終ステージです)



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posted by ヒロ at 07:22 | Comment(3) | 大移動☆北海道へ1100kmの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

蜘蛛の糸



張りたての 蜘蛛の糸くぐる 晩夏なり


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大移動【5】書いてます。



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posted by ヒロ at 10:58 | Comment(0) | ひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

大移動☆馬猫犬40匹+1歳児を乗せて1100km 【4】


ビビはやっぱり簡単に捕まった。いいコだ。とはいえ、もし失敗していたら、いくら食いしん坊のビビでも数日〜数週間は捕まらなくなっただろうから、これはこれで一度の失敗も許されない手に汗にぎる真剣勝負だった。ともあれ外の親子(かーちゃん&ビビ)はそれぞれ無事ケージに入って、検査結果も大丈夫。次はいよいよ家の中の猫たち30数匹の当日ぶっつけ本番だ。この日のために2ヶ月前くらいからご飯を増やし、みな健康な範囲で何割増しか、むちむちぷっくり猫になってもらっている。

猫たちが無事に大移動を耐え抜けるかどうかのカギは、体力とストレス。特に猫は精神が繊細、変化に敏感。ストレスの種類が悪いと、いくら体力があっても参ってしまう。

保護した野良猫を家に慣らしていく時には、最初はほかの猫たちの声が届きにくい場所にケージを置き、布やダンボールで覆って環境の変化を感じないようにし、少しずつ少しずつ段階的に家の生活音やほかの猫たちの存在に慣らしていく。

しかし、今回は違う。狭い場所でほとんど身動きもせず、振動や騒音に包まれながら長時間移動するという大ストレスが最後に控えている。「慣らして慣らして徐々に」という方法はかえって繰り返し精神と体力を消耗させ、逆効果になりかねない。そもそも、「家の生活」には慣らしていけても、「狭い場所」や「車の移動」や「長時間の緊急避難」にどうやって慣らす?という話でもある。慣らすことができないなら、そして多大なストレスをどうやっても避けることができないなら、やることはふたつ。耐えられる体力をできるかぎりつけさせておくことと、そして妻の配慮のたまものであるこのストレスパック作戦。つまり「家の中の家具移動や業者の出入り」「猫自身の住環境の変化」「積み込み」「車での移動」といったストレスイベントをできるかぎり短時間に凝集し、ひとパックにまとめてしまうこと、というわけだった。

猫の動揺(する時間)を最小限に。そのため、もろもろの大仕事は引っ越し当日に集注した。朝、最後のゴミ出しをして大片づけをしている間に早くも荷物のコンテナがくる。「午前中に」ということだったのだけど、朝イチで来てくださった。「犬猫を移動するから」と配送の人に少々待ってもらって、先に玄関や台所の荷物から運び出してもらいながら、その間に妻が猫の移動。以前のビビみたいに逃げ出すコが出ないよう、慎重に素早く戸を開け閉めしながら、庭に面した部屋へ荷物を運び込む。梱包し終わっていない荷物もかき集めて緊急荷造り。コンテナに入るだけ積んでもらって業者さん出発。

ワンコの散歩や赤ん坊の世話をしてひと息つく間もなく、続いて電話&ネット回線の取り外し業者さんが到着。さっきの荷物の運び出しとは違う部屋で作業&出入りするため、犬猫の隔離場所も若干の入れ替え。妻がまた犬猫の移動をしているあいだ、私は荷物を片づけながら業者さんのドアの開け閉めを監視……なぜなら、隔離部屋に移動しないで逃げ回った猫が数匹、作業中の部屋のすぐわきの棚の上に潜り込んでいたから。

このコたちは、もともと野良歴が長く、家の中でも私たち人間とは一線を画していたところがあった。だから、今日の朝からのバタバタですでに警戒&(過剰)防衛モードになっていて、妻のいうこともきかず走り回り逃げ回ってしまっていたのだ。妻もそれは十分に予想していたことだけれど、つまりこれがこの当日最大の「問題」となった。こうなると餌で釣っても出てこないし、「ほら、こっちおいで」と手を差し出したらもう「シャーッ!!」と威嚇する具合。時間をかければなんとでもやりようはあるけれど、その時間がない。

「面倒中の幸い」というべきか、そうしたコたちは奥の戸棚の上や天袋などに逃げ込み隠れて出てこなくなっていたので、そのまま隠れててもらって、出てこないよう注意を払いつつ、ほかの猫たちをケージに移したり荷物を運び出したりと作業を進めることになった。

私が業者さんの相手を終えるころには、三段ケージを横倒しにするのも含め、妻がひとりで猫たちをケージに入れ終わっていた。例の逃げ回って隠れているコ以外にも、なかなか捕まらない元野良はけっこういるのに。どうやって捕まえたのか「神ワザ」を見逃してしまった。

相性の悪いコどうしが一緒のケージにならないように、どこに誰を入れるかは、事前に話し合っていた。猫たちとではなく、私と妻とでね。なぜならもし猫たちと話し合っていたら、
「あたしフクと一緒がいい」
「あたしもフクちゃんが好き」
「あのー、サスケがしつこく口説いてくるんですけど」
「クローが暑苦しいんですけど」
私:「はいはい、好き嫌いやわがままはナシだよー」
「あたしあっちのケージはイヤ!」
「あたしもあっちはイヤ!」
私:「ど、どうして?」
猫一同:「(せーのっ)だってクマ吉が鼻水とばすんだもーん!」
てな具合で収拾がつかなかっただろうから。

ということであとは横倒しのまま運べるようにケージのジョイントや扉を補強。各ケージには一応トイレを入れる。猫たちが家から運び出される時に「何?部屋の家具がないわよ!どこいくの?ここ外よ!外じゃないの!!」とか騒ぎにならないように、遮光カーテンやバスタオルを各ケージにかぶせる。

庭に面したリビングは大半の猫たちの出発ロビーとなり、一段落。あとは大急ぎで残りの部屋の荷物の整理。合間に1歳の娘の世話。寝るヒマなどない。そうこうする間に、こちらに馬運車&フェリーで向かってくれていた妻の知人から、大洗のフェリーポートに着いたとの電話。十何時間の船旅、長旅でせめてゆっくりしてもらおうと、フェリーは個室で来ていただいたので、快適に眠れた(映画も2本見た)とのこと。よかった。え、それじゃあと1〜2時間でこっちに着く?もうそんな時間!

コンテナ便で送れなかった荷物を大型ダンボールにまとめ、宅配便を呼ぶ。(※)ゴミ置き場へ台車でゴミを運び出し、荷物をダンボールに。捨てるものを袋に詰め、庭に出し、ゴミ置き場に台車を押し、娘にミルクを飲ませ、オムツを替え、荷物をダンボールに。捨てるものを袋に詰め……
(※繰り返し)

やがて馬運車から待ち合わせ場所に到着したとの電話。さあ大変。片づけ&荷物は後回しでもう猫たちを運ぶことに。4トン積みの馬運車はとてもじゃないけど家の前の狭い道には入れないので数百メートル離れた公園横の広めの道で待ってもらって、そこまでは私たちのステーションワゴンで運ぶ。車を後ろ向きに門ギリギリまで着け、10匹以上の猫たちとトイレが入った三段ケージを妻とふたりで慎重に運ぶ。落として壊れたら一大事。すでにこの引っ越しが一大事だから、何大事?そんなことはともかく、かなり重たいので休み休み歩く。やっと1台無事に積み込み。馬運車までは私ひとりで車を走らせ、今度は馬運車へ積み替え。もうハラハラ冷や汗。ただ重たい荷物じゃない。中では何匹もの命がおびえて息を潜めている。カーテンを掛けていて中は見えないから、みんな無事かホントに無事かとドキドキしながら運ぶ。

家に舞い戻っては続いて三段ケージ2号を搬送、無事に馬運車へ積み込んでようやくほんのちょっとホッとする。あとは普通の中サイズケージばかり。と、雨がぽつぽつ降り出した。最後の中ケージと一緒に持っていった若干の荷物を載せたところで出前のお弁当を差し入れし、最後に犬のダイを助手席に乗せてもらって、天候も良くないのでそのまま馬運車だけ先に出発してもらった。このあと馬運車は、馬たちを預けてある牧場に寄って馬2頭を乗せてから、東北道の途中で私たちと合流することになっている。

馬運車のほうが寄り道のぶんだけ時間を食うとはいえ、私たちもゆっくりはしてられない。日が暮れかかり、片づけは完全にあきらめ。荷物も到着してからすぐに必要なものだけをまとめる。もう残るはワゴン一台。これにまだワンコ2匹と猫9匹、大人2名と赤ん坊1名が乗るのだから。法律上は定員内でも、スペース的にはもうパズルかマジックの世界。後部座席の2列目を椅子状態にして1列目をフルフラットに。折しも雨が断続的に強くなり、荷物にビニール袋をかけて運ぶ。座席の下にできるスペースには、パソコン類や必需品、当面の衣類などをすき間なく詰めた。

運転席の後ろには、私が独身時から飼っていた「連れ猫」の老猫「イチゴウ」が入ったキャリーボックス。フラットにした助手席には犬用の大型キャリーボックスを置き、そこにワカ、ゴマ、ママ。後部席の中型ケージにカリン、のぞみ、ミニ。妻の最愛の猫「あおちゃん」と、下半身麻痺の猫「アン」が小型ケージで同室。このふたりが同室できることだって、数ヶ月前までは考えられなかった。詳しくはまた「アン」の話としてゆっくり書くけれど、我が家に来た時には他の猫にも人間にも心を許さなかったアンと、誰より感受性豊かで繊細なあおちゃん(一緒に寝られるのは兄弟猫のゴマくらいしかいなかった)とが同室できるという奇跡も、妻が果てしない愛情を注いでアンの心と身体をケアし、あおちゃんとの交流を深めてきた結果だ。

最後部の座席に、二日前に1歳になったばかりの娘のチャイルドシートを設置し、その後ろのスペースにワンコ2匹、コテツとヒカル。それだけでも相当なスペースが埋まったのだけど、猫と娘の世話用品などすぐに必要なもの、座席下に入りきらなかった荷物をできる限り積んだところで、「ストップ!」。妻が座るところがなくなるやん!

車の運行に必要な後方視界を確保するために真ん中は最低限空けてあるけれど、残るスペースは妻がひざを曲げて座る程度。荷物を置き直していくらか広げても、荷物の間に脚をつっこまないとひざが伸ばせない。玄関に妻が持ってきていた荷物をばらして、座席下に押し込めるものだけ乗せて積み込みは終わりにした。

時間も限界だった。この時、例の逃げ回っていた猫たちは隠れたままだった。妻が時間さえかければ、外猫も含めて、捕まらない猫などいない。時間がないことだけが、妻に、私たちにあきらめを迫る。今日の出発を遅らせるわけにはいかない。フェリーの時間に遅れることもできない。フェリーだって、馬運車は貨物車扱いで本来なら予約できないところを、フェリー会社の方に引っ越しの事情を話して一緒に乗れるように手配してもらっている。

「仕方ない、もう一回どっちかが来よう」

今日はとにかく出発し、後日、私か妻が飛行機で猫たちを迎えにくることにした。幸いこの家の引き渡しは2週間後の月末だから、数日か1週間か、最悪でも2週間、食べるに困らないだけのドライフードを大きなカゴにザザーッとあけ、片づけかけていた猫トイレをあるだけ広げた。残ったコたちの名前を呼んで「ここにご飯あるから食べなよー!」と叫び、戸締まりをしっかりして家を後にした。

それは合流のためのタイムリミットでもあった。闇の中へと走り出したころ、ちょうど馬運車から、牧場に着いて無事2頭を乗せたとの連絡があった。


つづく。
(次回、道中編!スタート早々ワゴンの中では問題発生!フェリーには間に合うのか……)


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posted by ヒロ at 12:35 | Comment(0) | 大移動☆北海道へ1100kmの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

§しばらくお待ちください§

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コメントくださった方々、続きを楽しみに見にきてくださってる方々、ブログ村リンクをクリックしてくださってる方々、ありがとうございます_(._.)_

コメントのお返事、大移動つづき、ほか、も少しお待ちのほどよろしくです。

写真は、フクの横で「ご飯の順番」を待つアメ。
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posted by ヒロ at 06:57 | Comment(0) | ひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

大移動☆馬猫犬40匹+1歳児を乗せて1100km 【3】



保護した猫たちは家の中で飼う、が基本なのだが、わけがあって外で面倒を見ているコもいた。外とはいっても単純に野良に餌やりをしているのではなく、一度保護して避妊手術をした上で庭で寝起きているコがふたり、「かーちゃん」と「ビビ」。保護を目標として毎晩ご飯をあげに行きながらお近づきになっていたコが「ユメ」。この三匹は一緒に連れて行くつもりだった。


ビビは、妻が保護して避妊した後、家の中で暮らしていた。しかし、家のエアコンが真夏の猛暑のさなかに壊れるという事件があり、急遽買い替えた際、取り付け工事の出入りの隙を突いて逃げ出してしまった。業者がくるような時はあらかじめ、犬猫たちを隔離するのだけど、そこが「もと野良」の多いウチの大変なとこ、どうしても物陰や天袋の奥にもぐりこんでしまうコがいる。「なかなか家の暮らしと人間に慣れない猫」の筆頭だったビビもそのクチでソファーの下かどこかに隠れていたのが、私が電話をしている時にちょうど飛び出し、これまたちょうど業者の人が縁側の戸を開けたところに出くわし、足もとをすり抜けて一目散に外を駆けていった。

しばらく探し回っても見つからなかったが、確か一日二日で戻ってきた。かーちゃんにご飯をあげる時になるとちゃっかり「おなかすいたすいた」とねだってきた。もともと野良だったし、実の母であるかーちゃんもいることだし、ふたり仲良くやれるか様子見しながら、大丈夫ならしばらく外で暮らさせてみようということになった。結果、ビビは庭とガレージと屋根の上にことのほかなじんだ。そしてコロコロに太った。妻も私も、なんど狸と間違えたかしれない。


「かーちゃん」は、ここでは詳しく書けないくらい特別な、「大変なお方」だ。ウチのたくさんの猫たちの実の母であるだけでなく、その賢さ、記憶力のよさ、人間を絶対に信用しない疑い深さ。このあたりを縄張りにしていた歴代のボスをも一撃で打ちのめす強さ、行儀の悪い子はわが子でも容赦ない厳しさ、まさに無敵のゴッドマザーだった。

だから、かつて一度は妻が捕獲器で保護して避妊手術ができたものの、これまた当時わけがあって再び外暮らしになって以来、ケージの類には執拗に警戒して一切近づかなかったらしい。そんなかーちゃんを捕まえるのが、引越し前の最大の課題のひとつだった。

ビビリだけど食いしん坊のビビは、ハッキリいってすぐ捕まるだろうと、素人の私にも妙に確信が持てた。だからビビは後回し。もし先にビビを捕まえるところをかーちゃんに見られでもしたら、それこそ向こう何年か、かーちゃんを保護するチャンスは遠のくかもしれない。まずはかーちゃん保護のために万全を尽くす。引越し日から逆算して、かーちゃんを獣医さんに見せて血液検査と予防接種、ケージに慣らし、一方でビビを捕まえる、その日数を差し引いた期日がかーちゃん保護のリミットだ。

最初にやったことは、……と事の詳細を書こうかと思ったのだけど、万一、心無い人が検索でこの記事を見つけ、用心深い猫を捕まえる方法だけ知ってマネされてはいけない、ので、具体的な手順を書くのはやめておく。

ともかく、かーちゃん保護に向けて直接の作戦は2ヶ月以上を要した。間接的にはもっと前からいろいろ準備した。けれど、逆に数ヶ月程度で捕まってくれたのは、それまでの数年間の付き合いの中で、私たちの気持ちをかーちゃんが理解する段階があったからだと思う。邪な心で捕まえようとしたら、聖なるかーちゃんはどんな方法でも誰にも捕まえられなかっただろう。

私が妻と同居しだした頃は、私の無神経さゆえに何度となくかーちゃんをピリピリさせ、一時期はちょっとした物音でも逃げてしまうくらい神経質にさせてしまったこともあった。そのたびにすごい剣幕で妻から叱られ、鈍い私もやがてようやくかーちゃんから最低限信用されるようになった。ご飯をあげる時につい顔を近づけすぎて、おでこに強烈パンチを食らうことはその後もたびたびあったけれども(笑)。


ずっとお世話になっている動物病院にかーちゃんを連れて行き、室内用ケージに移すとともに、こんどは並行して進めてきた「ユメ作戦」の最終段階に着手。

ユメは、近所で飼われていた猫。引っ越した飼い主が連れて行かず、おいてきぼりになった。「もと飼い主」を知る人の話だと、引っ越し時のトラブルなどではなく、新居では飼えないからといって連れて行かなかったのそうだ。しかし人づての話だと新居も戸建て、しかも隣町くらいの距離。あとでユメを迎えにくることだってできたのに……直接の知人でもないのでいまだにその真意は不明。ユメはというとその後、来る日も来る日も、夕方のご飯の時間くらいになると、主人のいない家に帰ってきて、じっと座って待っていた。

あまりに不憫なので、まずは夜の犬の散歩の時だけでもとご飯をあげていた。最初は、こちらが決まった時間にいけなかったのもあったし、必ずしも同じ時間にユメがいるわけでもなかったので、ちょうど見つけた時だけ、数日から1週間くらいに一度あげられればいい感じだった。駅に歩いていく時や車で出かける時に道ばたでばったり出くわすこともたまにあり、急いでフードを取りに帰ったこともあった(以後、ユメ用のご飯はなるだけポケットやカバンにいれて出かけた)。その後、その旧家にリフォームが入り、新しい人が入り、ユメはかつての自分の家をあきらめるとともに少しずつ場所を移した。途中ぱったりと現れなくなったかと思えばひょっこり違う場所に居着いたりして、1年以上かけてようやく、我が家にほど近い場所でいつも同じくらいの時間帯、ユメのほうが待っているようになった。犬の首輪の鑑札のチャリチャリ音を聞きつけてどこからか駆けつけたり、犬の散歩が遅くなった時などは道の少し手前まで迎えにきていることもあったり。

ユメもまた、賢さではかーちゃんに負けず劣らずだった。そして、なかなか警戒心が強く、まだ私たちとの信頼関係が強くないことを考えれば、かーちゃんよりも保護は大変と思われた。ご飯のやりとりに関しては、妻ほどは懐かれていない私がひとりであげにいっても、私を見つけてトコトコついてくるくらいにはなっていたけれど、これがどうして、いざ捕まえるためのケージには絶対に入らなかった。いろいろと時間をかけて工夫しても、幾晩かけても、ついに入らなかった。最後の最後はわけを話しても、ユメは「そんなことはわかってる。でも行きたくないの。ここが気に入ってるし、行く先って寒そうなんだもん……」とでもいいたげな風に、ケージの手前まではきても中だけは断固拒否の構えでたたずんでいた。

確かに、ユメはほかでも(もしかしたら複数のところで)ご飯をもらっていた。いつもいる場所のアパートで何度か、ご飯をあげている人を見かけたことがある。通りすがりにユメを違う名前で呼んでいたおばさんもいた。それであまり深刻にお腹が減っていないから、缶詰でも釣られないのかとも思った。しかしたぶん、賢いユメは、単純に警戒しているのではなく、いくらか私たちの意図を察した上で「イヤだ」といってたのではないかとも思った。

ユメの保護へのチャレンジは、引っ越し前夜まで頑張った。「今日も行ってみよう」と出かける時の私の頭には、「引っ越し荷物の用意が間に合わないかも」ということが実は何度もよぎった。それでも、ユメが安心して毎日家の中でご飯が食べられるように、ということに比べたら、もう「人間」の範囲でどうしてもあきらめなければならないことがあってもそれは運命だと思った。いや、仮にユメが最後まで捕まってくれなくても(最後のほうは私たちもユメの気持ちがうすうすわかってきていたし)、もしかしてユメの気が変わって「やっぱりついていく」と思った時に私たちのほうがあきらめてしまっていたら……などという万にひとつの場面をなくすために、私たちは可能なあいだはあきらめちゃいかんのだと思った。

あるいは私は私自身にそう言い聞かせることで、時間がなくなることも寝不足も運を天に任せる覚悟を決めようとしたのかもしれない。妻はきっと、私ほど迷わなかったろう。私はあとになって一度だけ、「正直言うと、ユメの保護のための時間があったら、引っ越し荷物をあれもこれもあきらめずにすんだのにと思ったことがある」と妻に話したけれど、妻からは、「それは……でもやっぱりあれで行かなかったら……」と予想通りの答えが返ってきた。いや私の予想は、「この期に及んで何言ってるの!」と叱られるのでは、だったのだから、予想よりはるかに私に気遣ってくれたというべきだろう。だって、おそらく妻にしてみれば(そんなこと口にはしなかったけれど)、本当なら連日ひと晩中でも頑張りたかったのを相当妥協し、妻なりにユメのことを泣く泣くあきらめた結果だったのではないか、とも思うから。



つづく(次回いよいよ引っ越し当日!)



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posted by ヒロ at 06:54 | Comment(2) | 大移動☆北海道へ1100kmの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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